東洋医学とは?


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日本の漢方医学と混同しやすいものに民間療法や中医学があります。民間療法には、ドクダミ茶や生姜湯など様々なものがあり、民間における知恵と経験の結晶です。規制対象ではないのでその品質は様々で、また病気の診断を伴わない単純な使い方をされています。
中医学は、古代中国で生まれ、2000年以上の時の中で検証されてきた壮大な臨床試験の賜物です。独自の哲学と基礎理論に基づいて、患者さんの体質と病気の本質を見極めていき、最も適切な治療方針を考えていきます。その治療方針に合致するように、生薬を組み合わせて煎じ薬を作り治療に用います。
日本の漢方医学は、中医学を基に、特に江戸時代に日本で独自に発展を遂げたもので、処方の中身や診断方法が日本人に合わせて改良されています。中医学との違いとして、理詰めで無理に説明しようとはせず、漢方薬が奏功する代表的な症候を覚えておき、患者さんが呈する症状・徴候に合うような適切な漢方薬を処方します。診断方法の違いとして、漢方医学では脈診や舌診に比べて腹診が重要視されています。


ご存知のとおり、人の体の約60%は水分で構成されています。古代中国人がカラカラに乾燥した人体を解剖してみたら、中にあるのは骨と皮と皺々になった筋肉と臓器があるのみで、人は水なしではその生命活動を維持できないことは容易に理解できたことでしょう。では水に戻せば生命活動が再開するかといえば勿論そんなわけはありません。物質的な水だけでは生命活動の維持に必要十分ではないことも容易に理解できたと思います。漢方医学では「気」、「血」、「水」の3つが体内を巡ることで生命活動が維持されると考えました。またこれら3つの流れに不調が生じることで病気になると考えました。
「血」:人間が生命活動を維持するためには、食べ物を摂取し、呼吸をする必要があることは古代中国人の目から見ても明らかでした。そこで食物が消化され吸収されて生じた栄養物と、呼吸により大気から体内に取り込まれた空気が混ざり合って、生命活動に必要なエネルギー(「気」)が生じると考えました。「気」は全身を巡り、臓器の活動や物質の変換(同化や代謝)に必要なエネルギー源として働くと考えられています。気の流れに不調が生じると様々な臓器の生理機能に不調が生じると考えられています。
「血」:「気」のような目に見えないエネルギーではなく、実際に目に見えて体内を循環している赤い液体(≒血液)を指しています。体内を巡る「気」に誘導される形で一緒に体内を巡り、臓器を滋養し、人体の構造を形作る原料になると考えられています。「血」が乏しい状態(「血虚」)になると、目がかすんだり、筋肉が痙攣しやすくなったり(こむら返り)、爪がもろくなったり、髪が抜けやすくなったりします。
「水」:人体を満たしている全ての体液(細胞内液、細胞外液、リンパ液、涙、鼻水、汗、唾液、尿など)を指します。体内はいくつかのコンパートメントに分かれており、体内での「水」の分布に不調をきたすと、例えば涙や鼻水は大量に産生されるのにもかかわらず、肌は乾燥し喉は渇く、といった不調が生じると考えられています。
話は変わりますが、現代の最先端の神経科学においても、意識や感情がどのように生じるのかは解明されていません。意識や感情に関係する脳部位は同定されてきていますが、ではなぜ特定の神経細胞が興奮すると意識や感情が生じるのか?といった疑問を解明することには現代科学は成功していません。科学が、目に見える神経細胞という構造と、目に見えない精神活動という機能の間の溝を乗り越えることができる日はまだまだ先のようです。 古代中国では人体を理解する上で、目に見えるものと目に見えないものを分けて考える必要があると認識されていました。目に見える構造を「陰」、目に見えない機能を「陽」と表現しました。「気・血・水」では「気」が「陽」に、「血」と「水」が「陰」に分類されます。


漢方医学は病気の成因がよくわかっていない頃に成立したので、病気とは体全体の調和が崩れたために起こるものと考えられました。そのため、病名ではなく患者さんの体全体の状態(「証」)を診断して、患者さんの治療方針を決定していました。「証」とは患者さんの体力、体質、自覚症状、他覚症状を総合的に判断して、その時の患者さんの心と体の状態を最も的確に表したものです。「証」を決定する上で指標となるものに、8つの要素(八綱:虚・実、寒・熱、表・裏、陰・陽)があります。
「虚・実」:8つの要素の中で最も重要な2つの要素です。「虚証」と「実証」の解釈は急性疾患と慢性疾患で分けて考えます。急性疾患では病邪に対する体の反応に着目します。「実証」は病邪に抵抗して活発に反応している状態(高熱)を指し、「虚証」は反応が鈍い状態(微熱)を指します。慢性疾患では患者さんの体格や体質に着目します。「実証」はがっしりとした筋肉質で力強い体格で、暑がりで大食家で肌が脂っぽい体質を指します。一方、「虚証」はほっそりとした弱々しい体格で、寒がりで少食で肌が乾燥がちな体質を指します。「実証」と「虚証」の中間の状態を「中間証」と呼んでいます。患者さんが「実証」か「中間証」か「虚証」かで使用すべき漢方処方が大きく変わってきます。
「寒・熱」:体温計などなかった時代に成立した漢方医学ですから、物理的な体温ではなく、主に自覚症状から判断しました。「寒証」とは患者さんが自覚する寒さ、手足の冷えなどを指します。「熱証」とは患者さんが自覚する暑さ、手足の熱感、顔のほてりなどを指します。治療方針としては「寒証」には体を温める作用のある温補剤を用い、「熱証」には発汗剤や下剤を用います。
「表・裏」:「表証」とは外から侵入した病邪が未だ体の表層部に留まっている状態を指します。「裏証」とは病邪が体の深部(消化管)にまで及んだ状態を指します。2つの中間の状態を「半表半裏」といっています。治療方針として、例えば風邪の初期(「表熱証」)には発汗剤を用います。病邪が侵攻し「半表半裏」の状態の時期には、清熱・和解剤を用います。病邪が「裏」まで侵攻した状態では、まだ体力があるうちは下剤を、体力がなくなったときには補剤を用います。
「陰・陽」:「陰証」と「陽証」は解釈が難しい概念ですので、割愛します。実際の臨床ではあまり気にしなくてよいかもしれません。


〜黄帝内経(こうていだいけい)〜
2000年以上前に作られた中国最古の医学書で、「素問(そもん)」と「霊枢(れいすう)」の2つから成ります。「素問」には古代中国人の哲学から中医学の基礎理論が、「霊枢」には鍼(はり)による実践的な治療法が記されています。
〜神農本草経(しんのうほんぞうきょう)〜
中国最古の薬草学書で、365種類の生薬を上薬・中薬・下薬に分類し、中医学理論に基づいて特徴を記しています。上薬は病気の予防を目的に使用する生薬で、無毒で長期服用可能とされ、中薬は体力を養う目的の生薬で、病気の予防に使用するが使い方次第で毒にもなるとされ、下薬は病気を治療する目的の生薬で、毒性が強く長期にわたる服用はよくないとされています。
〜傷寒論(しょうかんろん)〜
急性熱性疾患の発症から治癒又は死亡までの過程と処方すべき漢方薬が記されています。第1条からはじまり第410条までの条文が記載されています。基となる中医学的な理論はBlack box化してしまって、患者さんの症候に対して有効な漢方処方を記載しています。
〜金匱要略(きんきようりゃく)〜
全25巻から成り、慢性疾患(循環器障害、呼吸器障害、泌尿器障害、消化器障害、皮膚科疾患、婦人科疾患、精神疾患など)の治療法が記されています。急性疾患を対象とした「傷寒論」と慢性疾患を対象とした「金匱要略」を合わせて「傷寒雑病論(しょうかんざつびょうろん)」と呼ばれています。
漢方医学では「黄帝内経」「神農本草経」「傷寒雑病論」が三大古典といわれています。

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